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【活動報告】
10th International Conference on X-ray Lasers (10th ICXRL)報告
原子力研究機構 河内哲哉
阪大レーザー研 藤岡慎介

   International Conference on X-ray Lasersは、X線レーザーをはじめとするコヒーレントなX線光源の開発及び利用研究について集中的に議論を行うユニークな国際会議であり、二年に一度開催されている。今回はドイツ・ベルリン市Adlershofにて8月21日から8月25日まで開催された。会議場はMax-Born研究所から徒歩でわずか10分程度の距離にあり、光学の聖地らしく毎夜シーメンスのビルの屋上から夜空に向けて緑色のレーザー光線が輝いていた。蒸し暑い日が続いている関西とはうって変わり、当地の気候は肌寒いほどの涼しさであった。

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図1: 10th ICXRL会議の風景
   X線レーザー分野では、短パルス・高繰り返し・短波長・高効率・高空間コヒーレンス・偏光制御等などが現在の研究キーワードである。これらを達成すべく、高繰り返し高出力レーザー開発、種種のプラズマ生成・励起法の開発、光シードによる制御等が推進されている。これらと並行してX線とレーザーという組み合わせの優れた特徴を生かした応用研究も展開されている。
   レーザー開発では、仏国LIXAMにて大型のチタンサファイヤ結晶を増幅器として用いたMOPA(Master Oscillator Power Amplifier)方式でPW級のレーザー開発が行われている。チタンサファイア結晶中でのParastic自己発振を抑制するために、結晶周囲の屈折率制御を行っているようだが、特許申請中のため詳細は明らかにされなかった。原研関西研からはNd:YLFのジグザグスラブ増幅器を用いた0.1 Hz高出力レーザーの開発について報告された。多くの研究機関がチタンサファイアレーザーに傾く中で、ハイパワーガラスレーザーに拘る姿勢は短波長発振に向けた競争の中で特色ある試みと言える。
   X線レーザーの高効率化では、まずGRIP(GRazing Incidence Pumping)法が挙げられる。波長域10-20 nmのX線レーザーの高利得領域は、1μmレーザーの臨界密度(1021 cm-3)よりも低い電子密度領域(1020 cm-3)に存在する。GRIP法とはターゲットに対して斜めから励起レーザー光を照射し(典型的な斜入射角は10 deg.)、レーザーの反射点を低密度側にシフトさせることで、高利得領域をレーザーで直接加熱する方法である。理屈が非常に明快で多くの研究機関で試行されており、確かな成果が得られている。既に標準的な励起法になりつつあるとの印象を得たが、短波長領域でのX線レーザー実現に明確な方向性が打ち出せていない印象を得た。
   また、レーザー生成プラズマ中では急峻な密度勾配が形成される。密度勾配によってX線が屈折するため、X線レーザー利得領域での密度勾配の平坦化は高出力に向けて欠かすことの出来ない課題である。密度勾配を緩やかにする方法として、マルチパルス法やレーザー照射で発生するブラスト波を用いた方法が提案されており、輻射流体シミュレーションによってその有効性が示された。
   X線レーザーの高品質化には、シード光の採用が重要となっている。原研関西研からは二つのターゲットを用い、一方をシード光発生、もう一方を増幅器として使うダブルターゲット法が報告された。またガスに超短パルス高強度レーザーを照射して発生する高次高調波をシード光とする方法も報告された。いずれの方法も空間コヒーレンス等で明確な改善が得られており、応用研究を進める上でシード法の重要性が再認識された。
   光源プラズマの診断技術に関しては、X線レーザーの遠視野像に表れるスペックルパターンの形及びサイズから、増幅媒体の空間的な大きさを算出する方法、シード光とポンプレーザーのタイミングを変えることで、X線レーザーの利得の立ち上がりおよび持続時間を計測する方法、X線レーザーを用いた干渉計による増幅プラズマの観測などが発表され、高精度な計測技術を用いて着実にX線レーザー物理の理解が進展しているとの印象を得た。
   X線レーザーと競合する光源としては、まず高次高調波発生がある。イオン飛行時間分析法によるパルス幅計測が可能になったことで、高次高調波によるアト秒パルス発生への取り組みが活発化しており、アト秒パルスを用いた原子・分子のダイナミクス観測など極限科学への取り組みも紹介された。これまで波長変換媒質としてはガスが中心であったが、レーザー照射で発生するプラズマ蒸気を利用することで、スズや銀などの常温で固体の物質も媒質として使うことが出来るようになった。また様々な物質を媒質として使えることで、発生した高次高調波と原子固有の共鳴遷移の結合により特定の高次高調波が2桁以上強くなる現象なども観測されている。また、昨年から運用が開始されたハンブルグのX線自由電子レーザー(FLASH)の活動状況についての報告も行われた。光源としては、13.8 nmで170 JのX線パルス(パルス幅10-50 ps)が実現されている。既に16のプロジェクトが進行中であり、限られた実験期間を有効に利用するために、関連するプロジェクトの統合を進めるなど運用側の努力が垣間見えた。また、少数ながらもインコヒーレントな極端紫外光源の開発、X線オプティクスの開発などの報告もあり、熱心な質疑応答が繰り広げられた。
   X線レーザー利用研究としては、高強度X線の特色を生かした多光子電離によるイオン生成や、X線トムソン散乱によるWDM (Warm Dense Matter)の温度診断、高輝度なX線レーザーをプローブに用いてプラズマ自発光による影響を除去したオパシティーの観測、レーザー核融合プラズマの干渉計測や、集光したX線レーザービーム及び干渉パターンを用いたリソグラフィーなど産業界への応用も視野にいれた研究が展開されている。
   バンケットはベルリン市を離れ、ポツダム市のサンスーシ宮殿近くのレストランで催された。下記の写真はバンケットの一コマである。本会議のConference ChairのPeter V. Nickles博士、そして理研の緑川主任研究員、原研の大道主任研究員、越智研究員及び報告者らである。バンケットの場にて、次回の会議がイギリスにて開催されることが発表された。最終日に行われたClosing Remarksは、「プラズマベースのX線レーザーはX線自由電子レーザーが得意とする分野での競合をするのでは無く、相補的に協奏することが大事である」という言葉で締め括られた。
   本会議も既に10回を迎え、X線レーザー開発の歴史は既に20年以上を数える。X線レーザー開発の中で生まれた技術・知識は、既に極端紫外光源開発分野へも波及しているが、例えばGRIP法はプラズマX線源開発一般に適用できる方法であり、関連研究者間の密な連携を通じて今後もより多くのスピンオフが生まれることを期待する。

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図2: 前列左よりNickles氏、藤岡、緑川氏、後列左より大道氏、河内、越智氏
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