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【活動報告】
研究動向調査報告書:SPIE Optics & Photonics 2009 会議報告
原子力機構 
河内哲哉

出張期間:平成20年 8月 2日〜8月 6日
出張先: San Diego, America

    SPIE Optics & Photonicsは、レーザー技術、光学素子、光を使ったさまざまなセンシング技術の最新の研究成果が発表される大規模な会議であり、毎年米国サンディエゴのコンベンションセンターで開催されている。本年は8月2日から8月6日の日程で開催された。8月のSan Diegoは、西海岸らしい晴れ渡った好天が続き、湿度の低い過ごし易い環境のもと、10を超えるパラレルセッションにおいて国内外から集まった多数の参加者により活発な議論が行われた。コヒーレントX線光源の開発及び利用研究について集中的に議論を行うセッション"Soft x-ray lasers and applications"は二年に一度、この会議の中で開催されており、今回ですでに8回目を迎えている。これまでの中心的な議題であったレーザー駆動X線レーザーと高次高調波分野に加え、加速器ベースのX線自由電子レーザーに関する発表も新たに加わり、コヒーレントX線の利用研究の進展が一段と加速される時期に来ていることが感じられた。X線?軟X線のコヒーレントな光源を物質科学や生命科学への応用を進めていくうえで、光源開発に課せられた課題は,短パルス・高繰り返し・短波長・高効率・高空間コヒーレンスなどが主要な研究キーワードになる。これらを達成すべく、高出力レーザー高繰り返し化、種種のプラズマ生成・励起法の検討と高効率なX線増幅媒質の開発、X線シードによる制御とそれによって得られるコヒーレントパルスの診断などに注力されている。
 ドライバーレーザー開発では、仏国パリ南大学から、大型のチタンサファイヤ結晶を増幅器として用いたLaserix(最終目標:20J, 30fs, 0.1 Hz)に引き続き、更に出力を高めたAPOLON計画(300J、15fs, 0.1 Hz)、ELI計画の説明があった。Laserixは、ほぼ、予定通りのレーザー開発が終了し、X線レーザーと高次高調波の発生および利用研究に特化して運用され、更に高強度を必要とする研究分野のために2段階でレーザーの開発を行うというストラテジーが報告された。APOLON計画の予算は27M?、ELIはレーザー開発とその利用研究に各々250M?、150M?と、欧州における超高強度レーザーを用いた基礎研究に向けた意気込みが感じられた。ドイツマックスボルン研究所からは、以前より進めていたthin diskタイプの増幅器開発の現状が説明され、マルチパス増幅のコンセプトが紹介された。現状でも500mJ, 100Hzは可能あり,現在波長20nm近辺の軟X線レーザー発生に要するエネルギーが1J程度まで下がってきていることを考えると、数年以内に100Hz動作のX線レーザーが登場する勢いである。原子力機構からはNd:YLFのジグザグスラブ増幅器を用いた0.1 Hz高出力レーザーの開発終了と、それを用いた0.1 Hzフル空間コヒーレント13.9nmレーザーが実現したことを報告した。同様のジグザグスラブアンプの開発を米国コロラド大学も行っていることが今回明らかにされ、更にはドイツGSIのPhelixレーザーの前段アンプに同じ手法を導入する(1J、0.1-1Hz)という計画も報告された。高出力ガラスレーザーの高繰り返し化を行うことで、ガラスレーザー励起による高出力X線レーザーの発生と応用研究の展開を図ると同時に、PW級チタンサファイアレーザーの高繰り返し励起光源としての将来的な利用を見越した動きが顕著になってきた。
 X線レーザーの小型化に関しては、まずGRIP(GRazing Incidence Pumping)法が標準的な励起方法になったことが挙げられる。波長域10-20nmのX線レーザーの高利得領域は、1 μmレーザーの臨界密度(1021 cm-3)よりも低い電子密度領域(1020 cm-3)に存在する。GRIP法は、ターゲットに対して斜めから励起レーザー光を照射することでレーザーの反射点を低密度側にシフトさせることで、高利得領域をレーザーで直接加熱する方法であり、1J程度のチタンサファイアレーザーでX線の増幅が可能なため多くの研究機関で試行されている。しかしながら、垂直入射のガラスレーザー励起によるX線レーザーに比べて、出力エネルギーが小さい、ビーム発散角の制御が難しい(空間コヒーレンスが低い)などの問題がまだクリアできていない。今後の研究の進展に注目していく必要がある。
 X線レーザーの高品質化には、シード光の採用が重要となっている。原子力機構では二つのターゲットを用い、一方をシード光発生、もう一方を増幅器として使うダブルターゲット法により、非常に高い空間コヒーレンスを持った軟X線ビームによるナノスケールダイナミクスのシングルショット観察が可能になったことを報告した。またチタンサファイア励起によるGRIP法では、同じチタンサファイアレーザーの一部を用いて発生させた高次高調波をシード光とする方法が定着しつつある。今回の会議では、特にその場合のパルス幅に注目した研究が多く発表された。通常、高次高調波の時間幅はプラズマ中のX線レーザー反転分布生成時間よりも十分に短いため、シードの増幅光のパルス時間幅はX線レーザーの波長帯域(Δλ/λ?10-4)で決まると予想される(時間幅にして300fs程度)と予想されるのに対し、実測値は1ps程度と長くなっていた。これらの説明として、シードとなる高次高調波の入射後に反転分布励起状態間のラビ振動が起きている可能性が議論され、それに関するシミュレーション結果との比較が数件発表された。定性的には見かけ上のパルス時間幅は長くなる可能性はあるが、プラズマ中の衝突緩和過程の時定数との詳細な比較と、X線レーザー線の線幅の詳細な計測が今後見込まれる。
 X線レーザーと競合する光源としては、まず高次高調波発生がある。高次高調波によるアト秒パルス発生への取り組みの活発化と平行して、励起光の波長を長くすることで、これまで以上に高次の光に特化した取り組みがなされている。理化学研究所からは1.55μmの励起光を利用することで、水の窓領域の高調波がパルスあたり106 photons程度発生できるという報告があった。今後生体高分子を目指した回折イメージングに結びつけられることを期待する。また、アト秒パルスを用いた原子・分子のダイナミクス観測など極限科学への取り組みも紹介された。
  また、昨年から運用が開始されたハンブルグのX線自由電子レーザー(FLASH)の13.8nmの利用研究への運用状況についての報告に加え、米国スタンフォードの進めるSLACでいち早く0.15nmのX線のSASEモードでの発生に成功した報告があった。硬X線領域のコヒーレント光源開発において画期的な成果であり、今後この波長領域に適したコヒーレントX線利用研究が急速に進展するはずである。
 コヒーレント軟X線の利用研究としては、回折イメージング、干渉計測、X線顕微鏡、ナノスケール加工などの分野で着実に進展が見られた。回折イメージングに関しては、フランスLOAから波長35nmの高次高調波を使って多重露光によってテストパターンのイメージングを行い、空間分解能70nmを得 たという報告があった。干渉計測では、従来の高密度プラズマの診断としての利用に加えて、物質表面のナノ構造ダイナミクス観測への適用が原子力機構から報告された。また、X線顕微鏡に関しては、半導体産業から半導体チップの表面検査、EUVリソグラフィー用の光学素子検査やマスクの損傷検査等にX線レーザーへの要望が高まっており、コロラド大学からはケーラー照明系を取り入れた広範囲視野の顕微鏡を用いることでZr表面のグレインの観察例が示された。ナノ加工では、コヒーレントX線ならではのマスクフリー加工のデモンストレーションがコロラド大を中心に何件か紹介された。また、EUV領域のナノ加工に重要なパラメータであるアブレーションしきい値のパルス幅依存性を調べ、アブレーションしきい値がほぼパルス幅に反比例することが原子力機構から報告された。
 X線レーザーやX線自由電子レーザーによる高密度プラズマ科学の研究も何件か報告があり、LLNLからはFLASHの92eV自由電子レーザーを用いたフォイル透過率測定実験が、RALからは19.6nmネオン様ゲルマニウムレーザーを用いた高密度Feプラズマのオパシティ計測実験が、またLOAからは自由電子レーザーを用いたX線トムソン散乱の提案が報告された。
 本会議も既に8回、別途行われているX線レーザー国際会議に至ってはすでに11回開催されており、X線レーザー開発の歴史は既に20年以上を数える。この期間に培われた光源開発や利用技術の蓄積により、本当の意味でコヒーレント軟X線を利用し始めたという感想を得た。X線レーザー開発の中で生まれた技術・知識は、既に極端紫外光源開発分野へも波及している。特にEUVハンドリング技術の向上とともにEUVレーザーによる光学素子の損傷診断や面精度検査に関して産業界から要望が起きている。ピコ秒領域のEUV光による大幅なアブレーションしきい値の低下はEUV加工における一つの可能性を示しており、今後コヒーレント光源ならではのマスクフリー加工などにも展開していくかもしれない。一方でスタンフォードによる0.15 nmのコヒーレント硬X線発生は、回折イメージングによる様々な物質の可視化を強力に押し進めていく原動力となるであろう。今後、原子分子の階層の観測に強い硬X線レーザーと、原子分子の階層と巨視的階層の中間領域の観測に適したX線レーザーや高次高調波といった軟X線領域のコヒーレント光源が相補的に活用され、物質の様々な階層のイメージングを実現していくことが重要となるであろう。


   

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Fig. 1.会議の合間に他の参加者と。
(左よりNejdl氏(PALS), 河内、Kim氏(GIST), Stiel氏(MBI))



   


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