大阪大学 Theory for Laser Plasma(TLP)グループ (レーザープラズマ理論) レーザーエネルギー学研究センター

研究概要

当グループでは、レーザー核融合や超高強度レーザーと物質との相互作用に関する理論シミュレーションによる研究を展開しています。それらの研究は、基礎学理の探求に留まらず、癌治療、燃料電池開発、放射性廃棄物処理、レーザー核融合といったエネルギー、医療、工業など幅広い分野への応用が期待されています。我々は、理論・ シミュレーションに基づく各手法でこうした基礎から応用に至る幅広い物理現象を統合的に研究し基礎理論の体系化を目指しています。 

研究内容

  1. 超高強度レーザーと物質との相互作用に関する理論・実験・シミュレーション研究
  2. レーザー核融合に関する理論・実験・シミュレーション研究
  3. 超高強度レーザーとクラスター相互作用によるクーロン爆発現象と中性子源開発

以下、当研究室で行って来た研究の内から数例を選んで紹介します。

(1) ナノチューブ加速器

 1980年代後半のチャープパルス方式と呼ばれるレーザーパルスの圧縮技術の発明により、レーザーの超短パルス化・超高強度化が目覚ましく進展した結果、かつては実現不可能とされていた様々な物理現象が実験室での研究対象となってきています。レーザーによるイオン加速もその一つで、近年、世界各国の多くの研究機関がしのぎを削ってその研究を展開しています。というのも、粒子線がん治療、イオン駆動レーザー核融合、計測・非破壊検査、物質創成など学術・医療・エネルギー、産業といった幅広い分野への応用が期待されているためです。従来、レーザーによるイオン加速研究には、平板ターゲット、クラスター(球状) ターゲット等の形状物質を使った代表的な3〜4方式がありますが、そのいずれも将来の応用に必要とされる指向性、エネルギー均一性(単色性)といった条件をバランス良く満たすレベルに至っていないのが現状です。
 カーボンナノチューブは、従来の物質に比べて特異な電気的・機械的特性を持つことから、その発見以来、電子デバイスや機能材料として多様な基礎研究と産業応用が進められてきました。しかし、殆どの場合、その動作環境は常温固体状態という我々の生活環境に近いものでした。わずか数百個程度の原子を直列にしたサイズのカーボンナノチューブが、10フェムト秒、数百億度という温度に匹敵する極限的物理環境下で、ナノスケールの「粒子加速器」として機能するという今回の発見は,これまで誰も想像だにしなかったことです。そうして生成されるプロトン等の加速粒子の今後の研究は,将来の医療・産業への応用に発展する事が期待されます。


動画1

(2) 相対論クーロン爆発と中性子源開発

 レーザー強度ILが1018W/cm2を越え、1020-1022W/cm2といった超高強度になると固体密度の領域に深く浸透し、物質内部の電子を吹き飛ばす事ができます。軽い電子が吹き飛ばされた後には重いイオンが取り残されますが、強力な電荷の反発力により、イオン全体は球対称に外側に向かって加速されます。これがクーロン爆発です[1-3]。加速されたイオンのエネルギーは、数百keVから数十MeVに達し、ターゲット材質として重水素などを選べば、コンパクトで効率的な中性子源開発の対象となります[4]。
 図1に3次元粒子コードにより計算されたクーロン爆発の様子をプロットします[1]。照射されたレーザーは円偏光、IL = 3.5×1021W/cm2、初期密度 n0 = 3.8×1022 cm-3, クラスター半径 R0 = 0.6 μmです。左から入射したレーザーにより電子が右方に吹き飛ばされ、中心に取り残されたイオン球が膨張し始めている様子がわかります。

図1 クーロン爆発のシミュレーション
図1 クーロン爆発のシミュレーション

動画2

 クーロン爆発の結果、高エネルギーイオンが飛散し、外部に設置された燃料物質に入射し核融合反応を起こします。こうして得られた中性子を使って超長寿命の放射性廃棄物を処理するレーザー炉を考える事ができます(図2参照)。レーザー炉の特徴として(1)核拡散問題を生じない (2)レーザーシステムの瞬時停止が可能 (3)数基の炉で我が国の廃棄物を処分、が挙げられます。

図2 レーザー核廃棄物処理炉鳥瞰図
図2 レーザー核廃棄物処理炉鳥瞰図

 クーロン爆発によって得られるイオンビームの品質として要求される重要なファクターとして「単色性」があります[5]。例えば、将来の癌治療に対して要求される単色精度は ε = 1% 程度内とされています。このように効率良くエネルギーの揃ったイオンビーム源を生成することは幅広い応用分野へのインパクトが期待されます。
 図3は、2種の異なるイオンからなる球状ナノクラスターのイオンの組成比を変えた場合のエネルギースペクトルの変化を表しています。図中に現れる変数β=(重イオンのそ総電荷)/(軽イオンの総電荷)は、単色性をコントロールパラメータであり、β = 1 は純粋に軽イオンからなる場合を、β = 0 は純粋に重イオンからなる場合に対応しています。同図よりわかるように β = 0.3 付近で高い単色性が得られる事がわかります。

図3 クーロン爆発の単色化
図3 クーロン爆発の単色化

 動画1は、分子動力学に基づいた粒子シミュレーションで得られたクーロン爆発の様子です[3]。初期状態として、重イオン、軽イオン、電子の3種類の粒子が一様に混在するナノクラスター構造を持っています。ただし、電子は高温であるとし、マクスウエル分布により初期エネルギー分布が与えられています。これに対してイオンはゼロ温度を仮定しています。最初に電子(赤)が真空中に飛び出し、これによって静電場が生成され、これがイオンを外部に向けて加速する原動力となります。重イオン(緑)は一様に膨張します。これに対し、軽イオン(黄)はクーロンポテンシャルが最適化されているために、内側に初期分布していた軽イオンは外側に初期分布していた軽イオンよりも強く加速され、結果的にほぼ同じレベルのエネルギーに加速されることになります(単色化)。

参考文献
[1] K.Nishihara, H.Amitani, M. Murakami et al, Nucl. Instrum. Methods Phys. Res. A 464, 98 (2001).
[2] M. Murakami and M.M. Basko, Phys. Plasmas 13, 012105 (2006).
[3] M. Murakami and M. Tanaka, Phys. Plasmas 15, 082702 (2008).
[4] T. Ditmire, J. Zwiback, V.P. Yanovsky et al., Nature 398, 489 (1999).
[5] M. Murakami and K. Mima, Phys. Plasmas 16, 103108 (2009).

(3) 自己組織化アルゴリズムによるレーザー核融合照射配位の最適化

 慣性核融合では燃料の高密度圧縮が必要不可欠であり、そのためには主燃料を可能な限り均一に照射・圧縮する必要があります[1]。有限な数のレーザー(X線)光源で最大限の一様照射を得るための照射配位の最適化は照射系設計における最も重要なタスクの一つです。従来の設計は正多面体や、それらを下に幾何学的な考察により最適化されたものばかりでした。例えば、米国のロチェスター大学にはオメガレーザー(60ビーム)がありますが、それが60本のビームを使って得られるベストの配位なのか否かは必ずしも明らかではありませんでした[2]。
 今回、新たな自己組織化を利用した最適化アルゴリズムを開発しました[3]。このアルゴリズムは、任意のビーム数に対して適応できるものです。原理は極めて簡単で、球面上にN個の点電荷をばらまき、あとはクーロン反発力によって、勝手に動き回らせ、最終的に落ち着いた時の配置が、最も安定な配置というわけです。(動画2参照)このアルゴリズムによって、米国のオメガレーザーシステムを凌駕する、全く新しい照射配位を発見したのです(M48, M60, M72)。動画3は48ビームの場合に対応し、シミュレーションによって得られたM48という配位は,良く観察する事によって正8面体をベースにした立体であることがわかりました。


動画3

動画4

参考文献
[1] M. Murakami, K.Nishihara and H.Azechi, J. Appl. Phys. 74 (1993) 802.
[2] M. Murakami, Appl. Phys.Lett. 66 (1995) 1587.
[3] M. Murakami, N. Sarukura, H. Azechi et al., Phys. Plasmas 17, August issue (2010).

(4) 衝撃点火核融合

 2003年暮れ、レーザー核融合における画期的な点火方式[1,2]が阪大から提案され「衝撃点火」と命名されました。これは、(i)中空の円錐内に配置された点火用燃料シェルが自ら1000 km/s以上の超高速をもって圧縮された主燃料に激突し、(ii)衝撃波圧縮過程を通じて運動エネルギーを熱エネルギーに直接変換することでホットスポットを生成し、(iii)高効率の核融合燃焼を実現しようというものです。本点火方式およびターゲット構造は、他の研究機関からは一切提案されておらず、 全く新規かつ独創的なデザインです。「衝撃点火」は将来の核融合炉につながる以下の魅力的な長所を備えています。

(a)物理がシンプル(基本は流体物理のみ)
(b)高エネルギー利得設計が可能
(c)安価でコンパクトな炉設計が可能

図4. 衝撃点火ターゲット
図4. 衝撃点火ターゲット

 鍵となる物理は、(1)Rayleigh-Taylor流体不安定性を抑制しつつターゲットを1000 km/sという前人未到の超高速にまでg/cm3オーダーの密度を保ちつつ加速できるか、(2)入射レーザーから燃料コアへの十分なエネルギー伝達効率が得られるか、という点にあります。(1)に関しては、最近の予備実験で従来の最高記録を3倍近く上回る1000 km/sが樹立され(図5)、本研究に対する国際的な注目を集めています[3]。

図5 世界最高記録を達成した加速実験(2009 4月、阪大&NRL)
図5 世界最高記録を達成した加速実験(2009 4月、阪大&NRL)

[1] M. Murakami et al., Nucl. Inst. & Meth. Phys. Res. A544 (2005) 67.
[2] M. Murakami et al., Nucl. Fusion 46 (2006) 99.
[3] M. Karasik et al., Phys. Plasmas 17, 056317 (2010).

(5) 非線形プラズマに内在する自己相似解の発見

 自然現象の中には数多くの自己相似現象が見られます。自己相似と聞いてピンと来なくても、近年巷に浸透しているフラクタルという言葉を聞けば何となくイメージしてもらえるかもしれません。結晶、血管、海岸、乱流、宇宙などの構造が良く取り上げられる題材です。つまり、静的な系に関して言えば"サイズは様々に異なるが同様のパターンが繰り返される様"、あるいは動的な系に関して言えば "刻々と変化する物理現象の中にも同様のパターンが維持されている様"と表現できるでしょう。

シェルピンスキーのガスケット マトリョーシカ

図6 身近なフラクタル/自己相似の例
(左)シェルピンスキーのガスケット (右)マトリョーシカ

 レーザーによるアブレーション加速物理も自己相似的性質を内包しています[1-3]。時間と共にターゲットの質量は減少し、速度は増加していきます。厚みもどんどん減少し、最後は燃え尽きて消滅します。しかし、そうした時間変化の中にありながら空間プロファイルは自己相似である事がシミュレーションによっても確認されました。しかも、上記のように平板(球殻)ターゲットの加速運動は非定常です。ところが、これまで殆どのアブレーションの理論モデルは"定常"を仮定してきました。積分が比較的簡単に実行でき、もっともらしい空間プロファイルも求まるので、重宝されてきたのです。しかし、与えられた微分方程式系を数値的に積分すると、必ずある点(特異点)にぶつかって計算がストップしてしまいます。換言すれば、従来の定常解析モデルは実体の無い"虚解"ということになります。これに対し我々は、系を最初から非定常なものとし、時間の偏微分項を落とさずシステムが時間発展する矛盾の無い自己相似解を発見しました。現在、この解析解を使ってRayleigh-Taylor不安定性の正確な時間発展を求めようとしています。

図7 平板プラズマのアブレーションに対する2つの自己相似解プロファイル
図7 平板プラズマのアブレーションに対する2つの自己相似解プロファイル

 その他にも,星の生成過程において自己重力とエネルギー散逸が拮抗しながら自己相似的に時間発展する解や[4]、従来の電荷中性仮定を使わずに有限質量プラズマが電子とイオンの2流体として自己相似的に膨張する解など[5]、新たな自己相似解が発見されています。

相似解に関する参考文献
[1] “Self-similar ablative flow of nonstationary accelerating foil due to nonlinear heat
  conduction” 
  M. Murakami, T. Sakaiya, and J. Sanz, Phys. Plasmas 14, 022707 (2007).
[2] “Scaling laws for hydrodynamically similar implosions with heat conduction”
  M. Murakami and Shigeki Iida, Phys.Plasmas 9 (2002) 2745.
[3] “Self-similar implosions and explosions of radiatively cooling gaseous masses”
    M.Basko and M.Murakami,  Phys. Plasmas 5 (1998) 518.
[4] “Self-Similar Gravitational Collapse of Radiatively Cooling Spheres”
  M. Murakami, K. Nishihara, and T. Hanawa, ApJ 607 (2004) 879. 
[5] “Self-similar expansion of finite-size non-quasi-neutral plasma into vacuum,
  M. Murakami and M. M. Basko, Phys. Plasmas 13 (2006) 012105.

(6) Rayleigh-Taylor (レーリー・テイラー)不安定性のシミュレーション

 レーザー核融合において、爆縮過程時における流体不安定性の抑制は、レーザー核融合の現実化に必要不可欠です。 この流体不安定性に、Rayleigh-Taylor (RT)不安定性というものがあります。 RT不安定性とは、爆縮過程において、加速相のアブレーション・フロントや減速相のスパークと主燃料部の境界のような密度差がある領域において、高密度側から低密度側に重力加速度がある時に起きます。
 簡単に言うと、重力が下向きのときに低密度の物質(例:油)の上部に高密度 の物質(例:水)が存在した時に、その境界面に何らかの擾乱が生じるとその擾乱が指数関数的に成長して行くことです(下図参照)。

図8 レーリーテーラーの流体シミュレーション  図8 レーリーテーラーの流体シミュレーション
図8 レーリーテーラーの流体シミュレーション 

図8 レーリーテーラーの流体シミュレーション

 このRT不安定性の非線形領域での成長過程の解明を目的として、シミュレーションを行っています。また、渦力学を元にRT不安定性の境界面を解析しています。

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