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実験報告:米国アルゴンヌ国立研究所でAT-TPCのテスト実験(大阪大学理学研究科・古野達也)

2023年4月26日から5月17日にかけて、アメリカ合衆国アルゴンヌ国立研究所でのAT-TPC実験に参加してまいりました。

私達は原子核の実験を行うことで、宇宙における元素合成過程の解明や、原子核における特異な構造の探索を行っています。近年はルーマニアで建設が進められている、極限レーザー核物理研究所 (ELI-NP) での実験を計画しています。ELI-NP施設では、10 PWクラスの高強度レーザーと加速された電子との逆コンプトン散乱によって、世界で最も強度の高い準単色ガンマ線ビームを利用することができる予定です。この高強度ガンマ線ビームによって、これまでに測定が困難であった、稀な確率でしか発生しない宇宙における元素合成核反応を直接観測することや、元素合成過程に重要な役割を果たすクラスター構造の探索を行うことを検討しています。このプロジェクトでは、原子核反応によって放出される荷電粒子を検出するために、アメリカミシガン州立大学で開発されたアクティブ標的システムActive Target Time Projection Chamber (AT-TPC) を用いることを計画しています。アクティブ標的は、低エネルギーの荷電粒子を高い効率で検出できるシステムとして近年注目されており、原子核実験業界では世界中で開発が進められている放射線検出器です。その中でもAT-TPCは大きさが直径50 cm, 長さ1 mと世界で最も大きなアクティブ標的であり、高統計で実験を実施することができます。我々の計画は、世界最大強度のガンマ線ビームと、世界最大のアクティブ標的を組み合わせたユニークな実験であると言えます。

今回のアルゴンヌ国立研究所での実験は、AT-TPCを不安定原子核のビームラインにインストールして、不安定核におけるクラスター構造の探索を目的としていました。筆者と修士課程の学生1名はこの実験に現地で参加して、AT-TPCの動作方法・データ解析手法を学ぶとともに、将来のELI-NPにおける実験の方法を打ち合わせることを目的としていました。

測定中は実験装置の動作状況を監視しつつ、AT-TPCで得られたデータの解析を学生と担当しました。オンラインでの簡易的な解析ではありますが、16Cでこれまでに報告されていない励起状態を新たに発見するに至り、少ないビーム強度での不安定核実験においても、AT-TPCの長所が存分に発揮されました。今後の詳細なデータ解析によって、新しい物理の知見が得られることを筆者は確信しております。データ解析を行いつつ、現地ではミシガン州立大学のAT-TPC開発担当者と議論を行い、将来のELI-NPでの実験でAT-TPCと組み合わせて用いる予定の半導体検出器、シンチレータ検出器を格納する真空槽の設計も進めました。また、今回の実験では、昨今のコロナ禍を反映してか、測定のリモート化が進められていました。加速器を用いた実験では、測定は24時間体制で継続されており、深夜を担当する研究者にそれなりの負担を強いてきました。AT-TPCでは、深夜の測定はZoomのリモート制御機能によってヨーロッパ、中国の共同研究者が測定を進めており、現地の担当者は深夜に休息を取ることができました。将来のELI-NPでの実験では、より多くの日本人研究者が日本から参加することが出来るよう、積極的に測定のリモート化を進めたいと思います。

このように、アルゴンヌ研究所での実験に現地で参加することによって、AT-TPCを用いた原子核実験について、多くの経験を得るとともに、将来の実験プロジェクトに向けて、準備を進めることができました。また、一緒に参加した修士過程の学生は今回が初めての海外出張でありました。英語にはまだまだ慣れていないようでしたが、現地の学生と積極的にコミュニケーションを楽しんでおり、将来の海外での研究に更に意欲を抱いているようでした。

アルゴンヌ国立研究所は世界初の原子炉シカゴパイルの開発に端を発する歴史のある研究所 (写真2) で、シカゴの郊外に位置しております。研究所は東京ドーム150個分に相当する広大な敷地を有しており、時折グースが親子で行進している姿を観察することもできる長閑な環境でした。車が無いとどこにも行けない環境でしたが、見ず知らずの職員や現地の多くの研究者に移動を助けていただきました。また、筆者は到着後間もなくコロナウィルスに感染して、ホテルでの隔離を余儀なくされましたが、無事に回復して実験に参加することができました。現地で助けて頂いた方々にこの場を借りてお礼を申し上げます。

 

写真1 (左): AT-TPC検出器。3 Tの電磁石を用いているため、IDカードのキーホルダーが吸い寄せられている。

写真2 (右): アルゴンヌ研究所内の物理研究棟とグース。

 

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