研究者インタビュー 岩田夏弥先生
現在の研究内容について教えてください。
高温・高密度(高エネルギー密度)の状態にあるプラズマの物理を研究しています。
物質には、固体・液体・気体に続く第4の状態、「プラズマ」状態があります。自然界では、4つの中でプラズマが最も普遍的な物質状態です。プラズマは、およそ一万度以上の温度で原子がイオンと電子にばらばらに分かれた状態で、電離気体とも呼ばれます。宇宙に見えている物質の99%以上がプラズマ状態にあると言われ、銀河や恒星など自然の大規模な構造形成を担っています。
地上でプラズマを生成する方法の一つとして、レーザー光を使って物質を超高温にする方法があります。この方法の特徴は、ごく短時間(およそピコ(10-12)秒)のうちに、太陽中心近傍に匹敵する高エネルギー密度の物質状態を作り出せることです。すると、光のエネルギーを受け取った物質が瞬時にプラズマとなり、大量の高エネルギー粒子が集団運動を開始します。その中で、どのようなエネルギー変換や輸送が起こり、どのような流動や集団構造が現れるのか。これらを理論的に解明することが私の研究テーマです。特に、1つ1つの粒子のミクロな運動からプラズマ全体のマクロな流れや構造がどのように生み出されるか、について研究しています(図1)。

図1)荷電粒子の集団運動により生み出される、大規模なプラズマ現象
この研究テーマを選んだきっかけ・理由を教えてください。
自然における集団現象の物理的解明に貢献することを目指して、プラズマの研究を行っています。大量の荷電粒子が飛び交う高エネルギー密度プラズマ中では、宇宙でしか見られないような特異な集団現象が起こります。自然は私たちにどのような集団現象を見せてくれるのか、という好奇心が、この研究テーマを選んだきっかけです。
研究の成果としては、どんなものがありますか。
最近の研究では、光(レーザー光)のエネルギーを受け取ったプラズマ電子の運動の性質について調べています。固体など高密度の物質に強い光が照射されると、物質がプラズマ化すると同時に、大量の電子が光のエネルギーを受け取って高速な運動を開始します。これらの電子は、互いに相互作用することで電磁場を自己生成し、自身を特定の領域に閉じ込めようとすることがわかってきました。すると、プラズマ中にはエネルギーが集中する領域が形成され、電子やイオンが高エネルギーに加速されます。高エネルギーイオンは、物質研究における計測用ビームに応用できるほか、医療や核融合発電などへの応用が期待されています。また、電子が運動するとX線などの光を発生するため、この研究は高輝度X線源などの応用にも貢献できます。宇宙など自然界のプラズマで同様の現象が起こっている可能性もあります。
研究の苦労や、難しさはどんなところに感じますか。

研究に関連する理論のノート。
プラズマは、大量の荷電粒子が電場・磁場を作りながら相互作用する複雑な系です。1つ1つの粒子運動を追うだけでは全体の現象を捉えることが難しく、逆に全体を見るだけでは現象のメカニズムが解明できないことがよくあります。
このような複雑な現象の理論研究やシミュレーション研究では、見たい現象やメカニズムをどのようにあぶり出すかが重要になります。例えば、粒子群の平均的な量(平均速度、密度など)だけを見る方法があります。しかし、平均的な量以外は考えなくてよいのか、といった判断は難しく、実はこれまで無視されてきたことが重要な役割を担っている場合もあります。そこから新しい理論的発見が生まれます。研究しているプラズマの状態・現象を適切に表現する方程式を導き出すために、議論と計算を重ねます(右写真)。
どんなところに研究のやりがい、楽しさ、面白さを感じますか。
数学を使って組み立てた方程式が、ある物理現象を表していると気づいたとき、楽しさ、面白さを感じます。方程式は、1つの実験や観測結果を説明するだけではなく、どのような条件・環境で同じ現象が起こるのかという「見通し」を与えることができ、そこに研究のやりがいを感じます。
今後やりたい研究や目標、夢はありますか。
プラズマの研究を通して、自然における集団現象の物理的解明に貢献することが夢です。そのための今後の目標として、まず、現在のレーザー生成プラズマ研究の中で、ミクロな粒子運動とマクロな流動の物理をつなぐ理論を確立したいです。そして、他分野の研究者と知見を共有し、一見全く異なる現象の中に普遍的な物理法則を見出すような研究に挑戦していきたいです。
研究者を目指す後輩に、一言メッセージをお願いします。
私は高校生のころ理系科目が苦手でしたが、今では、周りの身近なもの・こと(物質、光、温度など)の見方を変えてくれる物理学を面白いと感じています。身近なものほど実は複雑で、よく理解されていないことが多くあります。研究者はそこに科学的解釈を与え、時には新しい概念を生み出す、魅力的な仕事だと思います。
(取材日:2023年7月31日)
岩田 夏弥(いわた なつみ)
名古屋大学理学部卒、京都大学エネルギー科学研究科修士・博士過程修了。2014年に博士(エネルギー科学)取得。日本学術振興会特別研究員PD、大阪大学レーザー科学研究所特任研究員、講師、特任講師、大阪大学高等共創研究院准教授を経て現職。趣味は絵を描くこと、泳ぐことなど。